だからこそ主は、これらの律法を守り、主を大切にするようにお命じになったのだ。そうすれば、これから先もずっと神様のお守りがある。
その人を無事に守って生かし、 人前で面目を施させ、敵を散らしてくださいます。
病気のときは、主ご自身が看護に当たり、 痛みをやわらげ、心配事を取り去ってくださるのです。
私たちのいのちを手中におさめておられるのは、 神なのです。 神はまた、道を踏みはずさないように、 私たちを支えてくださいます。
「心配はいらない。神様がおいでになったのは、偉大なるお力をあなたがたに示すためだ。神様の力を知れば、これからは罪を犯すことを恐れるようになるだろう。」
謙遜で主を敬う人は、富も名誉も長寿も与えられます。
知恵は知恵ある人を助けます。 知恵をあざけるなら、自分が傷つくだけです。
しかし神を敬う人は、何もかもうまくいきます。 そういう人には、 「すばらしい報いがある」と励ましなさい。
また、わたしは彼らと彼らの子孫のためを考えて、彼らに、わたしを永久にあがめる心と思いを与える。
神を第一とし、神が望まれるとおりの生活をしなさい。そうすれば、必要なものは、神が与えてくださいます。
「そう、そのとおりにすればいいのです。そうすれば、永遠のいのちを得られます。」
モーセは、「神のおきてと定めを行う人は、それによって救われる」(レビ18・5)と書いています。
ところで皆さん、生きて約束の地に入り、自分のものにしようと思うなら、これから教えるおきてと定め(律法)を注意深く聞き、そのとおり守りなさい。
しかし、主に忠実だった者たちは、今もまだ元気です。
あなたがたには、子々孫々に至るまで主を大切にし、生涯その教えを忠実に守ってほしいからです。そうすれば、いつまでも幸せに生きられます。
そんなにまでしてエジプトから助け出したのも、先祖への約束どおり、この地を私たちに与えるためだった。
私が今日命じることをみな守りなさい。そうすれば生き長らえ、人口が増え、約束の地を占領することができます。
ひもじい思いをさせたのも、謙遜を学ばせるためでした。なぜならそのあとで、マナという見たこともない食べ物を下さり、人はただパンだけで生きるのではなく、神の命令を守ることによって真に生きるのだということを教えてくださったからです。