しかしわたしには、ヨハネの証言よりも、もっとすぐれた証言があります。それは、わたしの行う奇跡です。これらの奇跡は、父がわたしに託されたもので、父がわたしをお遣わしになったという動かぬ証拠なのです。
イエスは答えて言われました。「ヨハネのところに帰り、わたしの行っている奇跡について、見たままを話しなさい。
ところがイエスは、「なぜ捜したのですか。ぼくが父の家(神殿)にいるとわからなかったのですか」と答えました。
彼らの質問に、イエスはお答えになりました。「そのことならもう話しました。あなたがたは信じませんでしたが。わたしは、父の御名によって何度も奇跡を行ったでしょう。証拠はそれで十分なはずです。
しかし、「盲人の目を開けたこの人が、ラザロを生かしておくことはできなかったのかね」と、非難めいて言う人もいました。
わたしがあれほどのわざを行わなかったのなら、彼らは罪に定められることもなかったでしょう。けれども、わたしのわざをはっきり見たにもかかわらず、わたしとわたしの父を憎んだのです。
わたしはあなたに言われたとおりを成し遂げ、地上であなたの栄光を現しました。
過越の祭りの時、イエスがエルサレムで奇跡を行われたので、多くの人が、「この方は確かにメシヤだ」と信じるようになりました。
神がご自分の御子を世にお遣わしになったのは、世をさばくためではなく、世を救うためです。
そこでイエスは説明なさいました。「いいですか、わたしの言う食べ物とは、わたしを遣わされた神のお心にかなうことをし、神の仕事をやり遂げることなのです。
しかし、わたしのことを証言してくださる方がほかにおられます。その方の証言はまちがいなく真実です。
ああ、皆さん。これから申し上げることを聞いてください。よくご存じのように、ナザレのイエスは、あなたがたの前で、力ある奇跡を行われました。神様はそれによって、だれにもはっきりわかるように、イエス様の身元を保証なさったのです。
私たちが法廷で証人のことばを信じるのなら、神の証言はなおさら信じられるはずです。神ご自身がはっきりと、イエスは神の子であるとあかししておられるのですから。