キリストの兵士となった以上、この世のさまざまな事に心を奪われていてはなりません。そんなことでは、キリストの兵の一員にしてくださった方を悲しませるだけです。
いばらの中の種とは、聞いて信じても、その後、いろいろな心配事や金銭欲、また人生のさまざまな重荷や快楽などに、信仰を妨げられてしまう人のことです。これでは、せっかく教えを聞いても、実を結びません。
そういうわけで、地上でこの肉体のままでいようと、肉体を離れて主と共に天にいようと、私たちの目的は、いつも主に喜ばれることです。
このように、キリストは私たちを自由の身にしてくださいました。ですから、この自由をしっかりと握っていなさい。もう二度と、律法にがんじがらめになった奴隷とならないよう、細心の注意をはらいなさい。
私たちは、神から任命された伝道者として真理だけを語るのであって、聞く者の好みに合わせて内容を変えることなど絶対にしません。
デマスはこの世の楽しみに心を奪われ、私を捨て、テサロニケに行ってしまいました。クレスケンスはガラテヤへ、テトスはダルマテヤへ出かけ、私のもとに残ったのはルカだけです。こちらへは、マルコも連れて来てください。彼に頼みたいことがあるのです。
主であり救い主であるイエス・キリストを知り、この世の悪い生活からのがれた人が、またもとの罪の生活に舞い戻り、その奴隷となるなら、その状態は以前よりもっと悪くなるでしょう。