ペリシテ人は奪い取った神の箱を、エベン・エゼルの戦場からアシュドデの町へ移し、偶像ダゴンの宮に運び込みました。
契約の箱が奪われるのも見過ごされました。 ご自分の栄光を敵の手にお渡しになったのです。
アッシリヤのサルゴン王が、司令官にペリシテの町アシュドデを襲わせ、占領させた年のことです。
「アシュドデとエジプトの指導者たちを 共に呼び寄せて、こう言え。 『さあ、サマリヤの山々に陣取って、 イスラエルの恥ずべき罪悪の現状を見届けよ。』
一方、ピリポはアゾトの町に姿を現し、そこから町々で福音を伝えながら、カイザリヤに向かいました。
それで、イスラエルの地から巨人族は絶えましたが、それでもガザ、ガテ、アシュドデには、少数の生き残りがいました。
当時、イスラエルはペリシテ人と戦っていました。イスラエル軍はエベン・エゼルの近くに陣を敷き、ペリシテ軍はアフェクまで進出していました。
さらに契約の箱まで奪われ、ホフニとピネハスも殺されたのです。
契約の箱は、まるまる七か月、ペリシテの野に放り出されたままでした。
この時サムエルは、一つの石をミツパとシェンの間に置き、「ここまで主が私たちをお助けくださった」と言って、エベン・エゼル(「助けの石」の意)と名づけました。