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ローマ人への手紙 1:17 - リビングバイブル

この福音は、私たちがキリストを信じる時、神が私たちを天国に入るにふさわしい者、すなわち、神の目から見て正しい者としてくださることを教えています。それは、初めから終わりまで、信仰によって達成されるのです。「正しい人は信仰によって生きる」(ハバクク2・4)と、聖書に書いてあるとおりです。

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ALIVEバイブル: 新約聖書

そう、最高な知らせによって神が慈善にあふれ、義理堅いことが示された。 1人の完璧な忠誠心が多くの忠誠へとつなげられた。 「神を信頼することで認められた者は、“生きる”」―― 【聖書:ハバクク書2:4より引用】 と、聖書にあるとおりだ。

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Colloquial Japanese (1955)

神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

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Japanese: 聖書 口語訳

神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

この章を参照

Seisho Shinkyoudoyaku 聖書 新共同訳

福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

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ERV 訳 ー 読みやすい聖書 ー(新約聖書)

そう!最高な知らせによって神の素晴らしさと、忠実な姿が示されるのだ。たった1人の完璧な忠実さが、多くの人の信仰の成長へと繋がっていったということだ。聖書では、「神を信頼することで認められた者は、生きる」と、書いてある。

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聖書 口語訳

神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

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ローマ人への手紙 1:17
15 相互参照  

わたしのおきてを守るなら、わたしのことばどおり、その人はまさに正しい人だ。その人は必ず生きる。


今から言うことをよく聞いておけ。 このカルデヤ人たちがそうするように、 悪者は自分だけを信頼して失敗する。 だが正しい人は、わたしを信頼して生きる。


モーセはさっそく蛇の複製を作り、竿の先につけました。かまれた者で、それを見上げた者は一人残らず治りました。


この方は神の御子なのです。この方に救っていただけると信じる者はだれでも、永遠のいのちを得ます。しかし、この方に従わない者は、天国を見ることができないばかりか、神の怒りがその人の上にとどまるのです。」


というのも、彼らには、キリストが自分たちを神の前に正しい者とするために死んでくださったことが、わかっていないからです。そして、自分たちの正しさを認めさせようとして、神の救いの道に従わなかったのです。


しかし今、神は、別の救いの道を示してくださいました。その新しい道は、「善人になる」とか、律法を守ろうと努力するような道ではありません。神は今、「もしあなたがたがイエス・キリストを信じるなら、あなたがたを受け入れ、罪のない者と宣言する」と言われます。どんな人間であろうと、私たちはみな、キリストを信じるという、この方法によって救われるのです。


確かに、ユダヤ人の中には不忠実な者がいました。しかし、一部の不忠実な者が神との約束を破ったからといって、神も約束を破られるでしょうか。


では、どういうことになるでしょう。信仰によって与えられる神の救いを求めなかった外国人は、救いの機会を得ました。まさに、信仰による救いです。神は、信仰によって無罪とされる機会をお与えになりました。


死に通じる計画にも栄光があったのなら、人々を神との正しい関係に導く計画には、なおさら栄光が満ちあふれるのです。


それは神様が、罪のないキリストに私たちの罪を負わせ、それと引き換えに、私たちに恵みを注いでくださったのですから。


したがって、律法によってはだれ一人、神の恵みを受けることはできないわけです。神の前で正しい者と認められる道は信仰による以外にない、と神様は言っておられます。預言者ハバククが、「正しい人は信仰によって生きる」(ハバクク2・4)と語ったとおりです。


もはや、良い人間になろうとか、律法に従って救われようとか考えるのはやめて、ただキリストを信じることによって救われ、キリストと結ばれるためです。神が私たちを正しい者と認めてくださるのは、信仰――ただキリストだけを信じ頼ること――を持っているかどうかで決まるからです。


神の前に義と認められる人たちは、信仰によって生きるのです。しりごみするような人を、神は喜ばれません。