民数記 11:35 - リビングバイブル35 このあと人々はハツェロテまで行き、しばらく滞在しました。 この章を参照Colloquial Japanese (1955)35 キブロテ・ハッタワから、民はハゼロテに進み、ハゼロテにとどまった。 この章を参照Japanese: 聖書 口語訳35 キブロテ・ハッタワから、民はハゼロテに進み、ハゼロテにとどまった。 この章を参照Seisho Shinkyoudoyaku 聖書 新共同訳35 民は、キブロト・ハタアワを旅立ち、ハツェロトに来た。彼らがハツェロトにいたとき、 この章を参照聖書 口語訳35 キブロテ・ハッタワから、民はハゼロテに進み、ハゼロテにとどまった。 この章を参照 |
この書は、モーセがヨルダン川の東、モアブ平原のアラバ渓谷でイスラエルの人々に向けて語った時の記録です。当時、イスラエルの人々はそこに宿営していましたが、付近にはスフ、パラン、トフェル、ラバン、ハツェロテ、ディ・ザハブなどの町がありました。この時、ホレブ山(シナイ山)を出発してから四十年目の第十一月の一日(太陽暦二月十五日)でした。ホレブ山のふもとからカデシュ・バルネア〔約束の地パレスチナの南端〕までは、セイルの山地を通れば、普通なら歩いても十一日ほどで来られます。それはともかく、ヘシュボンでエモリ人の王シホンを、エデレイに近いアシュタロテでバシャンの王オグを打ち破ったあとのことでした。ここにたどり着くまでの間、主はいろいろな律法(教えと定め)をモーセを通して伝えましたが、それを全部まとめて、もう一度、モーセが説明し直したのです。