イスラエルでは、人も動物も初めに生まれたものは、わたしのものだからだ。エジプト人の長男をすべて殺したあの夜、わたしはイスラエル人の長男や家畜の初子をきよめてわたしのものとした。
続いて、主は エジプト人の全家庭の長男を、 その家の誇りである長男を打たれました。
主はエジプト人に生まれた長男をみな、 家畜の初子もろとも滅ぼされました。
続いて神は、エジプトの全家族から、 一家の柱となるべき長男を殺しました。
その夜のこと。真夜中ごろ、ファラオの世継ぎから地下牢に入れられている捕虜の子に至るまで、エジプト人の家の長男はすべて、神の手にかかって死にました。家畜の初子も同じです。
幕屋と祭壇、また、わたしに仕える祭司、アロンとその子らは、わたしがきよめる。
わたしは彼らに安息日(毎週七日目の休息日)を与えた。それは彼らとわたしとの間で、彼らを選び分けて、ほんとうに神の民とするのは、このわたしであることを思い起こさせるしるしだった。
牛や羊の初子をささげてはならない。初めから主のものだからだ。
だから、レビ人はわたしのものとなる。エジプト人の長男をすべて殺した日、イスラエル人の長男を家畜の子も含め、一人残らずわたしのものとしたように、彼らの長男はみなわたしのものだ。すべてのものを造ったのは、神であるわたしである。」
だから、イスラエル人の長男の代わりにレビ人をもらうのだ。
モーセの律法には、「女から最初に生まれる子が男であれば、その子を主にささげなければならない」とあったのです。
とすれば、父がきよめ分かち、この世にお遣わしになった者が『わたしは神の子だ』と言ったからといって、どうして神を汚すことになるのですか。
また、彼らが真理を知る、きよい者として成長できるように、この身をささげます。
それならなおさら、神の御子を踏みつけ、罪をきよめるキリストの血を汚れたものとし、神のあわれみを人々にもたらす聖霊を拒絶する者に、どんなに恐ろしい刑罰が下るか、よく考えてみなさい。
信仰によって、モーセは神の指示どおり、小羊の血を家々の門柱に注ぎかけました。こうして、イスラエルの家々の長子(長男)は、神から遣わされた恐ろしい死の使いから守られました。しかしエジプト人の長子は、この死の使いによって全滅したのです。
神は御心のままに、真理のことばによって、私たちに新しいいのちを与えてくださいました。こうして私たちは、神の新しい家族の最初の子どもとされたのです。