当時、エジプトでは戦車一台で銀六百シェケル(六・九キログラム)、馬一頭で銀百五十シェケル(一・七キログラム)でした。輸入した戦車や馬の多くは、ヘテ人やシリヤの王に売られました。
エジプトからエルサレムに運ばれた戦車の代金は、一台につき銀六百シェケルで、馬は一頭につき銀百五十シェケルでした。これらの輸入品の多くは、ヘテ人やシリヤの王たちに、今度は輸出品として売られたのです。
ただし、ベテルとダンにある金の子牛像だけは取り除きませんでした。その子牛像こそ、全イスラエルを罪に陥れたもとであり、ネバテの子ヤロブアムが犯した、最大の罪の産物だったのです。
王は馬の仲買人をエジプトへ送り、大量の馬を卸値で購入しました。
ソロモンは、今こそ神殿と王宮を建てる時だと考えました。
馬は、エジプトなどの国々から運ばれて来ました。
愛する人よ。 あなたはかわいい子馬のようだ。