その時、イスラエルの王アハブの王位を継いだ息子のアハズヤは、「私の家来もいっしょにオフィルへ行かせてください」と申し出ました。しかしヨシャパテは、その申し出を断りました。
ソロモン王の船団はヒラム王の船団と提携して、三年に一度、多くの金、銀、象牙、猿、くじゃくをイスラエルに運びました。
ヨシャパテは、オフィルにある金を手に入れようと大船団をつくりました。ところが、その船団がエツヨン・ゲベルで難破したので、目的を果たせませんでした。
ヨシャパテは死んで、先祖とともに父祖ダビデの町エルサレムに葬られ、息子ヨラムが王位につきました。
またソロモン王は、エドムの地の、紅海に面したエラテに近いエツヨン・ゲベルに造船所を造り、そこで船団を組みました。
ヒラム王はこの船団の乗組員を補強するため、熟練した水夫を差し向けました。彼らはオフィルとの間を往復し、四百二十タラント(約十四トン)もの金を、ソロモン王のもとへ運んだのです。
しかし王は、晩年になって、悪名高いイスラエルの王アハズヤと同盟を結びました。
私たちは聞いていました。 天の軍勢の主、神の都のすばらしさを。 ついに今、それをこの目で確かめました。 神はエルサレムを永遠の都となさいました。