必要がある人には、財産を売り払って与えました。
彼は物惜しみしたりせず、 貧しい人に気前よく与えます。 その善行は、いつまでも忘れられず、 人々の尊敬を集めます。
貧しい人に手を差し伸べるのは、 主に貸すのと同じです。 あとで主が報いてくれます。
「完全な者になりたければ、家に帰って、財産を全部売り払い、そのお金を貧しい人たちに分けてあげなさい。天に宝をたくわえるのです。それから、わたしについて来なさい。」
不正の富を利用してでも、親しい友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなった時、親切にしてやった人たちが、永遠の天の住まいに迎え入れてくれるでしょう。
「でも、あなたには一つだけ欠けたところがあります。財産を全部売り払って、貧しい人たちに分けてあげなさい。天に宝をたくわえるのです。それから、わたしについて来なさい。」
しかし、ザアカイは主の前でこう告白しました。「先生。今からは、財産の半分を貧しい人たちに分けてあげます。税金を取り過ぎた人たちには、四倍にして払い戻します。」
そこでアンテオケのクリスチャンは、協議の結果、ユダヤのクリスチャンのために、できる限りの援助をすることにしました。
土地や家を持っている者はそれを売り払い、代金を使徒たちのところに持って来ました。そのお金は必要に応じてみんなに分配されたので、貧しい者は一人もいませんでした。
神の民である人々を援助することについては、今さら言う必要はありません。
聖書にこう書いてあるとおりです。 「神を敬う人は、貧しい人々に惜しみなく与える。 その良い行いは、永遠に名誉となる。」(詩篇112・9)
自分ではぜいたくに暮らしていながら、困っている兄弟がいても、見て見ぬふりをするとしたらどうでしょう。どうして、その人に神の愛があると言えるでしょう。