別のたとえで話してみましょう。女が銀貨を十枚持っていて、もし一枚なくしてしまったら、女はランプをつけ、家の中をすみからすみまで掃除して、その一枚を見つけるまで、必死で捜し回るでしょう。
羊飼いのように、わたしの群れを捜し回る。あの暗雲に包まれた日に散らされて行った所から、わたしの羊を捜し出し、救い出す。
あなたがたの光を隠してはいけません。すべての人のために輝かせなさい。だれにも見えるように、あなたがたの良い行いを輝かせなさい。そうすれば、人々がそれを見て、天におられるあなたがたの父を、ほめたたえるようになるのです。
それと同じことです。迷い出た一人の罪人が神のもとに帰った時は、迷ったことのない九十九人を合わせたよりも大きな喜びが、天にあふれるのです。
そして見つけ出したら、友達や近所の人を呼び、いっしょに喜んでもらうでしょう。
このほかに、別の囲いにも羊がいます。その羊をも導かなければなりません。やがてその羊も、わたしの声に注意深く聞き従い、一人の羊飼いのもとに一つの群れとなるのです。
これはイエスが、イスラエル人ばかりか、世界中に散らされているすべての神の子どもたちのためにも死んでくださるという預言でした。
そして、キリストは、遠く離れていたあなたがた外国人にも、近くにいた私たちユダヤ人にも、平和をもたらしてくださいました。