キリストの光の中を歩んでいると言いながら、兄弟(信仰を同じくする者)を憎む人は、相変わらず暗闇の中にいるのです。
ところが、おまえたちは、何も知らない愚か者なのだ。 おまえたちが暗闇に閉じ込められているため、 社会の土台は根本から揺らいでいる。
人を憎んではならない。罪を犯した者は戒めなさい。放っておいてはいけない。さもないと同罪とみなされる。
「もしあなたがたが盲目だったら、罪に問われないですんだでしょう。しかし、何もかもわかっているとあくまで言いはるので、あなたがたの罪はそのまま残るのです。」
この祈り会は数日間続きました。ある日、百二十人ほどが集まっていた時、ペテロが立ち上がり、次のように提案しました。
しかし、これらのものを追い求めない人は、実を結ばない人です。そういう人は、神が正しい生活を送るようにと、過去の罪から救ってくださったことをすっかり忘れているのでしょうか。
神と交わりがあると言いながら、暗闇の中で生活しているなら、私たちはうそをついているのです。
しかし兄弟を憎む人は、暗闇の中をあてどなくさまよい、自分の行く先もわからない者です。暗闇のために、足もとさえよく見えないのです。
ある人が、「私はクリスチャンだ。キリストを知っている」と言っても、もしその人がキリストの命令に従っていなければ、うそをついているのです。
そこで今、私たちは、神の子どもと悪魔の子どもとを、はっきり見分けることができます。罪の生活を送り、兄弟であるクリスチャンを愛さない者は、自分から神の家族ではないと証明しているようなものです。
もし、「私は神を愛しています」と言いながら、兄弟であるクリスチャンを憎み続ける人がいれば、その人はうそつきです。目の前の兄弟を愛せない人が、どうして、見たこともない神を愛せるでしょう。