「あなたはみなに尊敬されているユダヤ人の教師ではありませんか。このようなこともわからないのですか。
わが子ソロモンに正しい心を与えて、どんな小さなことでもあなたに従うことを願い、私が用意したすべてのものを用いて、神殿を建て上げることを一心に求めるようにさせてください。」
ああ神よ。 どうか、きよい思いと正しい願いで満たされた、 新しいきれいな心にしてください。
あなたがお喜びになるのは、 徹底した正直さです。 ああ、そのことを私に心底わからせてください。
神はイスラエルに対して、 なんと恵み深いことでしょう。 心のきよい人に対して、その恵みは行き渡ります。
わたしの立てた見張りであり羊飼いである イスラエルの指導者は、みな目が見えないので、 危険に気づかない。 みな愚かで、危険が近づいても警告しない。 寝ころんで夢を見るのが大好きだ。
それは、彼らが民を滅びの道へと引きずり込んだからです。
新しい契約とはこうだ。わたしは、わたしのおきてを彼らの心に刻みつける。そのため彼らは、わたしをあがめたいという気持ちになる。こうして、彼らは文字どおりわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。
わたしはあなたがたに、一つの心と一つの新しい霊を与える。石の心を取り除き、代わりに神を愛する柔らかい心を与える。
そして、こう祈られました。「ああ、天地の主である父よ。自分を賢いとうぬぼれる者たちには、あなたの真理を隠し、それを小さな子どもたちに示してくださって、ありがとうございます。
だから、あの人たちのことは放っておきなさい。彼らは盲目なのです。おまけに、ほかの盲人の手引きまでして、結局、二人とも溝に落ちてしまうでしょう。」
しかし、イエスは言われました。「あなたがたは聖書も神の力もわかっていません。思い違いをしています。
三日後、ようやくイエスの居場所がわかりました。なんと、神殿で律法の教師たちを相手にむずかしい議論をしていたのです。
ある日、イエスが教えておられると、パリサイ人(特におきてを守ることに熱心なユダヤ教の一派)と律法の専門家たちもそばに座っていました〔ガリラヤやユダヤの村々、またエルサレムから来た人たちです〕。イエスには、病気を治す神の力がありました。
「それはいったい、どういうことですか?」
ところがこの時、一人の議員が立ち上がりました。パリサイ派(信徒で、特に律法を守ることに熱心なユダヤ教の一派)のガマリエルで、律法の専門家として名が通っている人物です。彼は意見を述べる間、使徒たちを議会の外に出すことを要求しました。
ユダヤ人の両親から生まれたとか、ユダヤ人と認められるための割礼(男子が生まれて八日目に、その性器の包皮を切り取る儀式)を受けたというだけでは、真のユダヤ人とは言えません。
だから、いつまでも強情を張らず、心を入れ替えなさい。
あなたも、子どもたちも、孫たちもみな、心をきよめられ、心から主を愛するようになり、イスラエルは生き返るのです。
肉体の一部を切り取りさえすれば、神の子どもになれるのではありません。霊をもって神を礼拝する者こそ、神の子どもなのです。その礼拝こそが、ただ一つの真の「割礼」です。クリスチャンが誇れることと言ったら、キリスト・イエスがなしてくださったみわざだけです。自分で自分を救うことなどとてもできないと、よく知っているはずです。
あなたがたがクリスチャンになった時、キリストはあなたがたを、罪に支配された古い性質から解放してくださいました。それは、割礼という肉体の手術によってではなく、心のバプテスマ(洗礼)という霊的な手術によってなされたことです。