全国民の代わりに、彼一人に死んでもらえば事はすむのだ。国民全体が滅びるなんて、冗談じゃない。」
ですから、もしあなたの目が情欲を引き起こすなら、その目をえぐり出して捨てなさい。体の一部を失っても、体全体が地獄に投げ込まれるより、よっぽどましです。
イエスは、さらに続けられました。「キリストは苦しめられ、殺され、そして三日目に復活することが、ずっと昔から記されていたのです。
このまま放っておいたら、国民一人残らずあの男を信じるようになってしまうぞ。そんなことにでもなったら、ローマ軍が踏み込んで来てわれわれを殺し、われわれの土地も国民も乗っ取るだろう。」
カヤパは以前、ユダヤ人の指導者たちに、「一人の人が全国民の代わりに死ぬほうが得策だ」と助言した人物です。
何とかしてイエスを釈放しようと手を尽くすピラトに、ユダヤ人の指導者たちは激しく抵抗しました。「こいつを釈放なさるおつもりですか。そんなことをしたら、あなた様はカイザル(ローマ皇帝)の味方ではありません。だれであろうと、自分を王とする者は謀反人です。」
このような論理を突きつめていくと、最後には、「私たちが悪ければ悪いほど、神には好都合だ」ということになるのです。もちろん、こんなことを言う人がきびしく罰せられるのは当然です。ところが、事もあろうに、私がそのように説教していると言う人々がいるのです。