そこでアドニ・ツェデク王は、ヘブロンの王ホハム、ヤルムテの王ピルアム、ラキシュの王ヤフィア、エグロンの王デビルに使者を送り、
ヒゼキヤは、ラキシュにいるアッシリヤ王のもとに使者を送って、和平を求めました。「私が間違っておりました。わが国から引き揚げてくださるなら、お望みどおりの賠償金を支払います。」アッシリヤの王の要求は銀三百タラントと金三十タラントでした。
ところがアッシリヤの王は、前線の将軍、主計長、参謀長に大軍をつけてエルサレムに送ったのです。彼らは、布さらしの野(城外にあった、布をさらす職人たちの作業場)に面した大路に沿って、上の池の水道のそばに宿営しました。
ちょうどその時、バビロン軍はエルサレムとラキシュ、アゼカを包囲していました。ユダでまだ残っている城壁のある町は、ここだけだったのです。
急げ、ラキシュの民よ、 一番速い戦車で逃げるのだ。 ユダの町で最初にイスラエルの偶像礼拝の罪に ならったのは、あなたなのだから。 そして南のすべての町が、 あなたの例にならうようになった。
北へ進み、まずネゲブを通り、ヘブロンに着きました。そこには、アナクの子孫のアヒマン族、シェシャイ族、タルマイ族が住んでいました。ヘブロンは、エジプトのタニスより七年も前に建てられた、非常に古い町です。
エルサレムの王アドニ・ツェデクは、ヨシュアがエリコ同様アイを占領して破壊し、その王を殺害したことや、ギブオンの住民がイスラエルと和平交渉を行い、同盟を結んだことなどを聞いて、
次いでイスラエル軍はラキシュからエグロンに進み、一日でエグロンを占領し、ラキシュと全く同じようにしました。
それで五人のエモリ人の王は、連合軍を編成してギブオンを攻撃しました。
以前、そこはアナク人の英雄にちなんでキルヤテ・アルバと呼ばれていました。 こうして、イスラエル人がこの地を治めるようになったあと、この地から戦いはやみました。
しかしユダ族は、エルサレムに住んでいたエブス人を追い出すことができませんでした。それでエブス人は、今もなおユダの人々とともに生活しています。