たとえ全世界を自分のものにしても、いのちを失ったら、何の得があるでしょう。
「いのちが助かるためなら、人はどんなことでもするものです。今度は病気にしてみればいい。ヨブはきっと、面と向かってあなたをのろうでしょう。」
「人は少しでも神の役に立つことがあるのだろうか。 最高の知恵者でさえ、自分の役に立つだけだ。
死ぬ時には、名誉はおろか、 何一つ持って行けないのですから。
聞きなさい。あなたがたはこう言った。 『神を礼拝したり、 神に従ったりするのは愚かなことだ。 律法を守っても、罪を悲しんでも、 何の良いことがあるだろう。 これからは、「高ぶる者は幸いだ」と言おう。 悪を働く者が栄え、 神に罰せられるようなことをしても、 罰を免れて平気でいるからだ』と。」
たとえ、全世界を自分のものにしても、永遠のいのちを失ってしまったら、何の得になるでしょう。いったい、永遠のいのちほど価値のあるものが、ほかにあるでしょうか。
自分のいのちを守ることばかりにとらわれている者は、それを失います。わたしと福音とのためにいのちを捨てる者が、いのちを得るのです。
いのちを買い戻すどんな手だてがあるというのでしょう。
人はたとえ全世界を手に入れても、自分自身を失ってしまったら何にもなりません。
その結果はどうだったでしょうか。自分がしていたことを考えるだけでも、恥ずかしくなるはずです。その行き着くところは、永遠の滅びでした。