そこでこの墓地は、今でも「血の畑」と呼ばれています。
そのかつぎ棒は長かったので、先端が前の部屋からは見えましたが、外からは見えませんでした。契約の箱は、この書が書かれている今日も、なおそこにあります。
彼らは相談し、その金で、陶器師が粘土を取っていた畑を買い上げ、そこをエルサレムで死んだ外国人の墓地とすることにしました。
賄賂を受け取った彼らは、言われたとおりに話しました。そのため、この話は広くユダヤ人の間に行き渡り、今でもそう信じられています。
この出来事は、あっという間にエルサレム中に広まり、人々はその場所を『血の畑』と呼ぶようになりました。
主はモーセをモアブのベテ・ペオルの近くの谷に葬りましたが、その正確な場所を知る者はいません。
ヨシュアはまた、川の真ん中の祭司たちが立っていた場所にも、十二の石で記念碑を築きました。それは今もそこに建っています。
のちに、その男はヘテ人の地に町を建て、ルズと名づけました。今も知られているとおりです。