ダビデは、サウル王とヨナタンにささげる哀歌を作り、これがイスラエル中でのちのちまで歌い継がれるように命じました。英雄詩にその詩が記されています。
土地のカナン人は、それからその場所を、アベル・ミツライム〔「エジプト人の嘆き」の意〕と呼ぶようになりました。葬式の有様を見た人々が、「あのエジプト人たちには、この葬式がよほど悲しいものなのだ」と言い合ったからです。
「ああ、イスラエル。 おまえの誇りと喜びは、しかばねとなって丘に横たわる。 大いなる英雄たちは倒れた。
「アブネル、どうして愚かな死に方をしたのだ」とダビデは嘆き、歌いました。 「おまえの手は縛られず、 足もつながれなかったのに、 おまえは暗殺された、 悪い計略のいけにえとして」 民もまた、アブネルを悼んで泣きました。
私はまるで、 親兄弟や友人が危篤ででもあるかのように、 悲しみに暮れました。
さあ、エジプトのために泣き叫べ。すべての国々よ、エジプトとその民のために悲しめ。」主がそう語るのです。