正しい人が正しく生きることをやめて悪を行い、そのまま死ぬなら、それは彼が行った悪のせいだ。
しかし父親は、自分の罪のために死ぬ。
だが、正しい人が罪を犯し、ほかの悪者と同じことをするなら、そのような者を生かしておけるだろうか。もちろん、生かしておくわけにはいかない。これまでの正しい行いはすべて忘れられ、その罪のために死ななければならない。
しかしあなたがたは、『神は不公平だ』と文句を言う。さあ、イスラエルの民よ、聞きなさい。不公平なのはわたしだろうか。それとも、あなたがただろうか。
また、もし悪者であっても、悪から離れ、わたしのおきてに従って正しいことを行うなら、彼は自分のいのちを救うことになる。
もし善良な人が悪を行っているのに、あなたが警告しないなら、わたしは彼を滅ぼす。以前の善行は何の助けにもならない。彼は自分の罪のために死ぬ。だが、わたしは彼の死の責任をあなたに問い、あなたを罰する。
わたしは『正しい人は生きる』と言った。しかし、今まで良いことをしてきたから大目に見てもらえるだろうと罪を犯す人には、以前の正しい行いは何の役にも立たない。わたしは、その罪のゆえに彼を滅ぼす。
もう一度言う。正しい人でも、悪の道に入るなら、必ず死ぬ。
祭司は主の前で罪の償いをし、その者は赦される。」
ただしあなたがたは真理に堅く立って、ゆるがされることなく信仰に踏みとどまらなければなりません。そして、イエスがあなたがたのために死んでくださったという福音を、決して失ってはなりません。この福音は今や世界中に広がっており、私パウロは、その福音を伝える働きに仕えているのです。
もちろん、すべての悪が罪であることに違いはありませんが、死に至る罪があるのです。