あなたがたの豪勢な宴会には心地よい音楽が流れ、 雇った音楽隊も一流のものです。 ところが主のことは頭にありません。
「知らせてくれたら、名残を惜しみ、快く送り出すこともできたのに。
八十にもなって、余命いくばくもございません。ごちそうやぶどう酒の味もわからなくなっており、余興も楽しくはありません。足手まといになるばかりです。
彼らが神から離れてわき道にそれ、
彼らは神のことになど無関心で、 神が何をなさろうとおかまいなしです。 ですから、古い建物のように神の手で取りこわされ、 二度と建て直されません。
ところがあなたがたは、歌と踊りと遊びに興じ、 飲み食いに明け暮れて、言います。 「さあ、大いに飲み、たらふく食べよう。 せいぜい愉快にやろうではないか。 何をやっても同じだ。 どうせ明日は死ぬのだから」と。
竪琴やタンバリンの陽気な音は二度と聞かれません。 楽しかった時代は終わりました。
「ああ、ダビデの町エルサレムよ、 おまえは大きな災難に会う。 年ごとに、おまえは多くの供え物をささげる。
イスラエルのきよい神さえさげすみ、 罰を受けることなど平気だという顔で言うのです。 「主よ、罰するなら早く罰してください。 あなたの力のほどを拝見したいものです。」
彼らはこう言った。 『さあ、酒を手に入れ、宴会を開こう。 みんなで酔っ払うのだ。 これこそ生きがいというものだ。 さあ、浴びるほど飲もう。 明日は今日よりもっとすばらしいことが あるかもしれない。』」
わたしは、おまえが歌うのをやめさせる。 もう竪琴の音も聞こえなくなる。
それどころか、天の主に逆らい、主の神殿の杯をここに持って来させました。王も、高官たちも、王妃やそばめたちも、その杯でぶどう酒を飲み、金、銀、青銅、鉄、木、石でできた、見ることも聞くことも、悟ることもできない神々をほめたたえました。こうして、王にいのちの息を与え、王の人生を手中に握っている神をほめたたえなかったのです。
イエスは話を続けられました。「ある金持ちがいました。きらびやかな服を着、ぜいたく三昧の暮らしでした。
異言で語るより、はっきりした、わかりやすいことばで語るほうがよいことは、笛やハープのような楽器のことを考えてみてもわかります。はっきりした音色が出なければ、どんな曲を演奏しているのか、だれにもわからないでしょう。
こういう者たちが、教会での愛の会食に加われば大きな汚点を残します。彼らは、他人のことなどおかまいなしに大声で笑ったり、ふざけたりしながら、むさぼり食うのです。まるで、からからに乾ききった大地の上を、一滴の雨も降らせずに通り過ぎる雲のようです。大いに期待させるだけで、何の役にも立ちません。また、彼らは収穫の時期になっても、実一つつけない木に似ています。その状態はただの死ではなく、二重の死を意味します。彼らは根こそぎ引き抜かれて、焼かれるしかないのですから。
主を信頼し、心から礼拝をささげなさい。主があなたがたに行ったすばらしいわざを、すべて心に留めなさい。