彼の次にはエリコの人々が建て、その次にはイムリの子ザックルが建てた。
その隣はエリコ出身の者たちが引き受け、続いてその向こうはイムリの子ザクルの組が工事を担当しました。
その傍らにはエリコの住民が一方に、イムリの子ザクルが他方にいて建築に携わった。
エリコの子孫は三百四十五人、
ザックル、セレビヤ、シバニヤ、
魚の門はハッセナアの子らが建て、その梁を置き、そのとびらと横木と貫の木とを設けた。
エリコの人々は三百四十五人。