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コリント人への第二の手紙 5:15 - ALIVEバイブル: 新約聖書

15 イエスは死ぬことで、「人間が自分のために生きる」のを辞められる力を与えた。 そして、復活することで「イエスのために生きられる」力を与えた。

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Colloquial Japanese (1955)

15 そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。

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リビングバイブル

15 キリストは全人類のために死んでくださいました。それは、キリストから永遠のいのちをいただいて生きる人がみな、もはや自分を喜ばせるためではなく、自分のために死んで復活されたキリストに喜ばれるように生きるためです。

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Japanese: 聖書 口語訳

15 そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。

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Seisho Shinkyoudoyaku 聖書 新共同訳

15 その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。

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ERV 訳 ー 読みやすい聖書 ー(新約聖書)

15 つまり、彼は全ての人のために死ぬことで、自分のために歩む人生以外の道をつくったのだ。彼は全ての人のために死に、死からよみがえった。だからこそ、全ての人は彼のために生きるのだ。

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聖書 口語訳

15 そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。

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コリント人への第二の手紙 5:15
41 相互参照  

敵の支配下から自由にされるのじゃ! 恐れなく天の王に仕えるため!


保証しよう、俺の言うことを聞き、俺を遣わした神を信じる人には、永遠の命がある。 彼らはすでに“死”を置いて、“いのち”へ入ったのだ。


私は、私をお遣わしになった、生ける神の力によって生きている。同じように、私を食べる人は、私によって生きるのです。


そういうわけで教会のみなさんにお願いしたい。 神の喜ぶいきいきとした供え物として自分の体を神に捧げるんだ! 自分の体を神にささげるんだ。それを、神に喜ぶいきいきとした供え物として。 神がしてくれたことを思えば、これは、決してむりな注文ではないはずだ。


イエスは私たちの罪を着るために死へと引き渡された。 そして、私たちを神に繋げるため、死から蘇ったのだ。


とんでもない!昔歩んだ自己中な人生は終わったのだ。 過ちを犯す人生が死んだというのにどうやって自己中に生き続けられる?


私たちの古い邪悪な欲望は、イエスといっしょに十字架につけられた。過ちを愛する部分は、致命傷を負った。 それは、過ちを愛する体が、もはや過ちの支配を受けず、今後一切、過ちの奴隷にならないためだ。


みなさんの体は過ちに属しているがゆえに死んでいる。 しかし、救世主がうちに住んでいるのなら、神の霊が命を与える。救世主があなたの神との関係を正したからだ。 だが、魂は生きる! 救世主がみなさんの魂を完全に清めたからだ。


なぜなら、イエス・救世主は生命を与える神の霊の力で、過ちと死の力から私を解放してくれたからだ。


古い性質に従って歩むのなら、行き着く先は死なのである。しかし、神の霊に従って歩むのなら、生命と平安が待っている。


これは、私の生活の原則でもある。私は、何をするにも、すべての人に喜ばれようと務めている。自分のしたいことや、つごうの良いことをするのでなく、多くの人を救う上で最善のことをするのだ。


すべては救世主のためであることを知っているので、その“とげ”も、侮辱も、苦しみも、迫害も、困難も、大いに喜んでいる。 なぜなら、弱い時にこそ、私は強いからだ。無力であればあるほど、それだけしっかりと、救世主によりすがるようになるからだ。


神が人類と交わした新たな条約に仕える者としてくれたのだ。 掟の条約ではなく、神の霊の条約だ。 記された掟は死をもたらすが、神の霊は生命をもたらす。


だから、世間の評判や、外見の良し悪しで、イエスの信者を評価するのはやめろ。 以前私は、その誤った考え方で、救世主のことを単に自分と同じ人間とみなしていた。しかし今では、その考えは一変した。


もし私たちが今、神の霊の力を受けて生きているなら、生活全般に渡って、その導きに従おうではないか。


そこでイエス様に語られたことを伝えよう。いや、警告する。 今後、もはやイエスを信じない人と同じ自己中な生き方をしてはならない。 彼らの考え方に価値はない。


そう、すべては光によってはっきりする。だからこそ、聖書にこうある。 「眠った人よ、目を覚ませ! 死から蘇ろ! さすれば救世主があなたを照らす」


洗礼を受けた時、イエスと共に自己中な性質が葬られ、イエスと共に魂が生き返った!それもこれも、イエスを復活させた神の力を“信じた”からだ。


救世主と共に死から復活したのだろう?それなら永遠の富を求め、天国のために生きろ!そこに我らの王はいる!神の右の玉座に!


口を動かすにしても、足を動かすにしても、ただ王・イエスのためにあるべきであり、いつでもどこでもイエスの名によって父なる神に感謝するんだ!


上のためではなく、天の王のため、任されたことには全力でぶつかるんだ!


生死にかかわらず、私たちがイエスと永遠に生きられるようにと、イエスは死んでくれたのだ。


過ちに捕らわれ、身動きの取れなかった私たちのためにイエスは死んで救ってくれた。私たちを、イエス“のみ”に属し、神と人のために生きたくてたまらない者にするためだ。


すでにこの最高の知らせを信じたために、迫害され殺された者たちはいる。 だが、死ぬ前に彼らが最高の知らせを聞き、体は死んでも神の霊によって新たな命を得るようにしたのは神の計画だった。


神は、かけがえのない一人子、イエスをこの世に送ることで私たちに対する愛を示した! イエスを通して永遠の命がもらえるからだ。


死んでから復活し、今は永遠に生きる者となり、死と地獄とのかぎを持つ。


私たちに従ってください:

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