ダビデと部下の者はその中に突入し、その晩から翌日の夕方までかかって、彼らを打ち殺しました。らくだに乗って逃げた四百人の若者のほかは、一人も取り逃がしませんでした。
サウルが死んだあと、ダビデはアマレク人を討って、ツィケラグに引き揚げて来ました。その三日後、イスラエル軍から一人の男がやって来ました。男は破れた服をまとい、頭に土をかぶっていて、ひと目で喪に服していることがわかりました。彼はダビデの前に出ると、深い敬意を表して地にひれ伏しました。
話がまとまり、夕方、そろってシリヤの陣営に行きましたが、驚いたことに、そこにはだれもいませんでした。
彼らはそこで、アマレク人の残党を打ち、そこに住みついたのです。
私は、ここぞとばかり彼らをちりのように粉々に砕き、 空中高くまき散らしました。 彼らを、床を掃くように掃き捨てました。
一方、イシュマエルは八人の部下と共に、アモン人の地へ逃げ延びました。
バラクの軍隊は、敵兵と戦車をハロシェテ・ハゴイムまで追いつめ、ついに打ち滅ぼし、生き残った兵は一人もいませんでした。
ミデヤン人、アマレク人、そのほか東方諸国の兵士がいなごのように谷に群がり、らくだも浜辺の砂のように数えきれないほどでした。一つの天幕まで近づくと、ちょうど一人の男が、彼の見た恐ろしい夢を仲間に話しているところでした。「全くいやな夢を見たよ。どでかい大麦のパンのかたまりが、この陣地めがけて転がり落ちて来るのさ。それで、テントをぺしゃんこにしてしまうのだ。」
翌朝早く、サウルはヤベシュ・ギルアデに駆けつけ、全軍を三隊に分けてアモン人を急襲し、午前中にほとんど全員を打ち殺してしまいました。残った者たちも散り散りになり、二人の者が共に残ることさえありませんでした。
さあ、攻め上ってアマレク人を一人残らず打ちなさい。男も女も、子どもも赤ん坊も、牛も羊も、らくだもろばも徹底的に打つのだ。』」