それゆえ、イスラエルの民に言え。」神である主はこう語ります。「わたしはあなたがたを祖国に連れ戻す。それだけの取り柄があなたがたにあるからではない。そうするのは、あなたがたが国々の間で傷つけた、わたしの評判を回復するためだ。
わたしが、わたしのために、また、わたしのしもべダビデのために、この町を守り、救うからだ。』」
しかし、そんな人々をも、主はお救いになりました。 それは、ご自身の名誉を守り、 お力を全世界に知らせるためでした。
しかし神である主よ、 私のことは、あなたの子として扱ってください。 どうか、優しいお心をかけてください。 ああ、限りなく恵み深いお方よ、 どうか救い出してください。
わたしは自分のために、あなたがたの罪をぬぐい去り、 それを二度と思い出さない。
それでもわたしは、 自分のためにあなたを怒りから救い、 滅ぼさない。 異邦人が、 自分たちの神々がわたしを征服したと言わないように。 わたしは彼らにわたしの栄光を譲り渡すようなまねは、 絶対にしない。
それであなたもようやく、自分のしてきた悪を残らず思い返して、恥じるようになるだろう。わたしがあなたの姉妹であるサマリヤとソドムとを選び取り、彼女たちをあなたの娘とし、あなたに統治させるとき、あなたは恥じ入る。わたしとの契約を破ったからには、こんな優しい取り扱いを受ける資格などないことが、よくわかっているからだ。
その悪にもかかわらず、あなたがたを祝福することによって、わたしの名誉を守る時、イスラエルよ、あなたがたはわたしが主であることを知るようになるのだ。」
しかし結局、そうはしなかった。イスラエルの神は自分の民を守ることもできなかった、とエジプト人にあざ笑われることがないように、わたしの名誉を守ろうとしたからだ。それで、エジプト人の目の前で、わたしの民をエジプトから連れ出し、荒野へ導き入れたのだ。
しかし、このことだけはいつも心に刻んでおきなさい。こうするのは、あなたがたのためではなく、わたし自身のためなのだ。ああ、わたしの民イスラエルよ、あなたがたがしたすべてのことを、心の底から恥じよ。」
しかし今、神である主はこう語ります。「わたしは、わたしの民の捕囚を終わらせ、彼らをいつくしんで、また元のように栄えさせる。こうするのは、わたしの栄誉のためだ。
神よ、どうか私の願いを聞いてください。御目を開いて、私たちの惨状をごらんください。神の町がどんなに荒れ果ててしまっているか、よくごらんください。この町はあなたのものであることを、だれもが知っているのです。助けていただくに値する者だからお願いしているのではありません。私たちのどうしようもない罪にもかかわらず、あなたはあわれみに満ちたお方なので、お願いしているのです。
ですから、イスラエルのすべての人に、はっきり言っておきます。神様が主とし、キリスト(ギリシャ語で、救い主)とされたイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」